【企業分析】アダストリアの勝機はEC拡充とデータ解析による棚卸資産の回転

今回はグローバルワークやローリーズファームを運営するアダストリアについて見ていきたいと思います。

アダストリアの発祥は1953年に水戸で誕生した洋服店。そこから今や日本有数の大手カジュアルチェーンに成長しました。特徴はなんといってもその取り扱っているブランドの数。グローバルワークやローリーズファームだけでなく、HAREやヘザー、その他合計で26ものブランドを保有しています。


https://www.adastria.co.jp/

これらのブランドをマーケットの規模×年齢層でマッピングし、「マルチブランドを保有するアパレル」として他の企業と差別化しながら、日本だけでなく世界に向けて戦っていくことを目指しています。


https://www.adastria.co.jp/aboutus/business/

今回は、アパレルブランドの基本的なビジネスモデルを確認しながら、アダストリアの現在の状況、今後のカギなどを探っていきましょう。

店舗型のアパレルブランドは売上総利益(粗利)と人件費、賃料が非常に重要

アパレルブランドで重要となってくる指標は、粗利、人件費と賃料の大きさです。まず粗利について確認していきましょう。

粗利は感覚的に理解できるかと思います。アパレルブランドは洋服を仕入れて(もしくはSPAとして製造して)、その服を消費者に販売して収益を得ています。粗利は洋服の売価から、その服にかかった原価を引いて残った利益のことです。洋服をどれだけ安価に仕入れることができるか、もしくはいかに洋服を値引きせずに売ることができるのかによって上下します。

実際、アダストリアの売上と粗利率の関係を見てみると、売上とは関係なく、セール時期によって粗利率が上下動していることがわかります。

(左の指標が売上高:単位百万円。右の指標が粗利率:単位%)

上図のように、夏と冬の本格的なセールの時期は売上の規模に関係なく折れ線グラフの粗利率がガクッと落ちていることがわかります。洋服は、定番品以外は売れ残りを翌年に持ち越すことが難しい「生もの」のようなもの。売れ残ってしまうと大幅なセールを掛けなくてはならず、それによっても粗利率は減少してしまいます。この粗利率をいかに確保するのか?というところにアパレルブランドの色が出てきます。

 

次に重要になってくるのは人件費や店舗の賃料。これらの費用は販管費という分類がされており、先ほど見た粗利の中から支払っていきます。そして粗利から販管費を引くと、その事業で得られる利益である営業利益が出てくるようになります。

アパレルブランドはこの販管費がかなり大きくなりがちなのですが、その中身は人件費と賃料である事がほとんどです。

実際にあるアパレルブランドの販管費を見てみると、上記のように人件費と地代家賃で売上の30%近くが支払われていることがわかります。これはアパレルブランドが店舗型のモデルだからです。店舗で洋服を販売するには販売員と店舗が必要。この二つには大きなコストがかかるので、どのアパレルブランドも店舗型である場合にはこの両者が大きくなります。

店舗もそうですが、接客している販売員が社員である場合には人件費をカットすることは容易ではありません。毎期継続してかかるコストであるため、このコストを賄うに、アパレルブランドは様々な工夫を行い粗利を増やそうとしているのです。

ザックリとアパレルブランドの収益構造を確認したところで、実際のアダストリアの損益構造を確認してみることにしましょう。

アダストリアはどのブランドでどれだけ売り上げているのか?

さて、改めてアダストリアのブランドを概観します。アパレルブランドは26。それも、複数のブランドで同じくらい大きな売上をあげているのがアダストリアの大きな特徴です。


https://www.adastria.co.jp/

売上高を整理すると、グローバルワークを筆頭に、安定した売上を持つブランドが複数あることがわかります。

グローバルワーク、ニコアンド、ローリーズファームはアダストリアが基幹ブランドとして位置づけているブランドですが、この3つのブランドはこの3期(2019Q3,2019Q4,2020Q1)で売上がかなり増加しています。

これをアダストリアはリブランディングに伴う商品ラインナップの見直しの成果と表現しています。商品ラインナップを見直した結果、ファンが増えて購入単価や購入点数が増加したと類推できます。実際、アダストリア全体の客数と客単価を確認したところ、リブランディングを仕掛けたQ3以降に客単価が前年比で増加していることがわかります。

売上をもう少し異なる角度から見てみましょう。売上は現在7割近くがレディースの販売です。グローバルワークはメンズの販売も多い印象があったのでここはかなり意外でした。

また、他のアパレルブランドと比べると、「雑貨・その他」の販売がかなり多いのも特徴です。実際、アダストリアは雑貨にもかなり力を入れており、2019年の春にグローバルワークの生活雑貨のカテゴリーをブランド化しました。


https://www.fashionsnap.com/article/2019-03-01/gwgg-debut/

ニコアンドでも生活雑貨を販売していますし、アダストリアは洋服以外にもここに力を入れている印象を受けますね。他の切り口で売上を見ていくと、ECの比率がどんどん上昇しています。直近の決算発表では20%に届こうかという勢いになっています。

EC比率の上昇は、今後アダストリアにとって重要なファクターになってくると思います。このようにバランスよく安定して商品を販売できているように見えるアダストリアですが、実は前期は四半期決算において赤字を計上しています。

売上が安定していながら、これだけ利益が減少した要因は、先ほど確認した粗利と人件費などの販管費です。

改めて、アパレル企業は粗利の確保が非常に重要

さて、アダストリアの売上を確認してきました。改めて売上と粗利率について確認してみましょう。

利益が減少している期はそもそもこの指標が悪いということがわかります。先ほどの利益が低水準である期と今期を比較すると、低水準の期は粗利率が低いか、そもそもの売上が少ないかのどちらかの傾向が強いです。

一方、直近の決算は利益としてはかなり優秀。Q1はセールが少ない時期でしたので、粗利率は高い傾向にあります。売上が増加した分、利益が積みあがるような構造になったということがわかります。そして、この結果残った粗利で販管費のコストを支払っていきます。

アパレル企業の販管費は広告宣伝費など一部の費用を除き、簡単に削減できない場合が非常に多いです。これは、先ほど確認したように人件費と賃料が非常に大きなウェイトを占めているから。実際、粗利の変動に対して販管費は大きく変動していないのが見てとれると思います。

まとめると、アパレル企業は店舗型の事業であるため、人件費と賃料を稼ぐためになるべく値引きをせずに売上を増やさなければならない事業です。改めてアパレルという事業は粗利を確保する事が非常に重要であるということがよくわかります。

ただし、洋服という「生もの」を販売している性質上、時期が過ぎたら値引きをしてでも売り切らなくてはならないという性質を持っている事が非常に難しいといえるでしょう。

今後のアダストリアの成長の方向性は、「自社ECを使った顧客のデータ化」が望ましい

さて、ここまでアダストリアの財務分析をしてきました。店舗型のアパレルブランドという性質上、人件費と賃料が大きなウェイトを占めるのはやむを得ない部分があるといえます。では打つ手がないのかというと、アダストリアは高いEC比率を誇る企業。ここに突破口があるかもしれません。

現在アパレルブランドにおいてEC化はどこも急務であり、自社ECの拡大を急ぐ企業が非常に多いです。その中でもアダストリアは2012年ごろからEC化に注力し始め、継続的に投資を行い続け、会員数を順調に伸ばしてここまでEC比率が上昇してきました。

また、この会員数とEC経由の売上を割って一会員あたりの売上を調べたところ、会員数が伸びているにも拘らず売上を維持することができており、EC登録後利用し続けてくれるユーザーが多い事が想像できます。

ECサイトに登録してもらうと、店舗で販売するときと比べて、「どのような属性の人が、どのようなものを買ったのか」などを正確に捉えていく事ができます。これらのデータは新しい商品を企画するときに重要なデータになります。例えば、Amazonがサードプレスに市場を開放しデータを集め、売れ筋商品を突き止めたら自社で販売することができるのもこの膨大な顧客データがあるからです。データを集めるとどのような威力があるのかについては、孫正義会長が最先端の企業を例に語っています。(https://logmi.jp/business/articles/321562)

これによると、“中国の中古車販売会社「車好多」では、中古車を次のオーナーに転売するのに在庫を60日くらい抱えていないと売れないと言われていたところ、すでに平均して15日間で次のオーナーに売りさばく”そう。

当然この領域にたどり着くことは非常に困難ですが、データを活用すると、現在よりは在庫を抱えている日数を少なくすることができるかもしれません。この回転率を縮めるという事は、「データに基づいてお客さんが欲しい服やアイテムを提供する」という事でもあります。

さて、この棚卸資産回転日数が短くなる威力とは一体どれほどなのでしょうか。シミュレーションしてみたいと思います。例えば、現在アダストリアの棚卸の回転率は約60日。これをデータの力で50日まで短縮することができれば一体どのようになるでしょうか。

結論から言うと、原価率や人件費などを削らなくても、売上は上昇し、結果的に営業利益は劇的に改善します。

2019年の財務数値を元に、棚卸資産回転日数が62日から50日に改善した財務シミュレーション結果がこちらです。

売上が+126%で大きく改善していますが、それ以上に営業利益が劇的に改善していることがわかります。データを用いて棚卸資産回転日数を改善するインパクトが非常に大きい事がおわかりいただけるかと思います。顧客からのデータを集め、顧客の求める商品を提供する事によって在庫の保有日数を仮に10日縮めることができれば、営業利益が+492%も増加することになります。

もちろん、これだけ指標を減少させていくのは大変な投資が必要ですし、ECサイトを今後強化していくためには物流にもさらに力を入れなければなりません。急激にこのような方向にもっていく事は難しいとは思いますが、自社ECの会員も順調に増加しており、EC比率も増やすことができているアダストリアは将来このようにデータを駆使することができるかもしれません。

アパレル業界は閉鎖的硬直的といわれていますが、データを駆使することは大きなインパクトを残せる可能性があります。今後ECを重視するアパレルブランドがどうなっていくのか。楽しみにしておきたいと思います。