日本のアパレル企業の決算説明などを確認していると、「アジア進出」という言葉を比較的多く目にするようになっています。日本の人口は減少し、洋服を購入する層は少なくなっているという話はよく耳にします。
しかし、なぜ文化の違う海外に向けて日本のアパレル企業が洋服を販売しなくてはいけないのでしょうか。
目次
横比較で日本企業の現在を確認
そこで今回、複数のアパレル企業の比較を通して、日本のアパレル企業の現状を測ってみましょう。登場企業はマウジーなどを運営するバロックジャパンリミテッド、ライトオン、ローリーズファームなどを運営しているアダストリア、しまむら、そしてユナイテッドアローズです。
まずは最新の期の売上高から見てみましょう。

(単位=100万円)
売上高が小さいものはバロックジャパン。ライトオンも同程度の売上の大きさだということがわかります。一方、売上が圧倒的なのはしまむらですね。これだけでは何もわかりませんが、3年前の売上高と比較すると、少し面白い事実が見えてきます。

(単位=100万円)
青色が現在。そしてオレンジ色が3年前です。これを見ると、5社の内、3年前から売上が明らかに増加しているのはユナイテッドアローズとアダストリアの2社しかありません。ライトオンとしまむらは売上が減少しています。この売上が増加しないという状況は、アパレル企業にとって非常に厳しい事態です。売上が伸びないという事は、現状維持ではなく、むしろ状況が悪化してしまうことにつながります。
その理由はアパレル企業の損益構造を掴むと理解することができます。実際に、あるアパレル上場企業の損益構造を見てみましょう。

上記はあるアパレル上場企業の損益構造になります。この構造をご覧いただけると分かる通り、アパレル企業の売上から引かれる費用は「売上原価」と「販管費」がメインになります。そして、売上原価からは企業の戦略が、販管費からはなぜアパレル企業の売上の停滞は状況の悪化を引き起こすのか?ということが分かるのです。
売上原価はアパレル企業の戦略が分かる

この売上原価からは、アパレル企業の戦略を垣間見ることができます。どういうことか見ていきましょう。
今回比較している企業の最新の原価率はこのような感じです。バロックジャパンが最も低く、しまむらが最も高いですね。原価率が最も低いバロックジャパンを見てみましょう。バロックジャパンは、物流や製造工程の見直しなどにより原価を低減させたり、値引きをしないためのプロパー販売を強化したりして、戦略的に客単価の増加を狙っています。
この施策は値引きが少なくなるので客数が減少します。客単価と客数は原則的にトレードオフの関係となるので、このどちらを増やしていくかは、企業の戦略が出る部分でもあります。
一方、しまむらの原価率は非常に高いです。しまむらは激安商品を取り揃えて、ファミリー層に向けて量を大量に捌きます。その量を捌くという性質上、日本のアパレル企業では店舗数もトップになっています。その結果、大量の洋服を販売できる為、売上は比較したグループの中ではトップですが、販売する洋服の単価が低いため、原価率が相当高くなってしまうのです。
このように、売上原価を確認すると、その企業がどのような販売の方法、どのような戦略をとっているのかがわかります。逆に言うと、この原価率が大幅に動いている企業は企業全体として戦略を大きく変えている可能性があるため、「なぜ原価率が変動したのか?」についてはしっかりと確認していく必要があります。
販管費に売上が停滞するとまずい理由が隠れている
さて、次に販管費を見ていきたいと思います。実はここに、アパレル企業の売上が停滞するとまずい理由が隠されています。
日本のアパレルはZOZOなどの台頭によりネットの販売が加速しているとは言え、まだまだ店舗での販売が主流です。店舗販売には当然店舗と従業員が必要になってきます。では、この店舗数と従業員数は具体的にどれだけ増加しているのでしょうか。この両者の数値も3年前と比較してみましょう。

(データブックより作成した店舗数)

(有価証券報告書より作成した従業員数)
基本的に、各社ともに店舗数や従業員数は増加している傾向にあります。このような人や店舗への投資は販管費に計上されます。この販管費が大きくなる結果、売上が上がらないと利益は圧迫されてしまいます。売上から売上原価と販管費を引いた後に残る利益は「営業利益」という利益です。

では、各社この営業利益が3年間でどのように推移したのか見てみましょう。
(単位=100万円)
なんと、ユナイテッドアローズを除く4社が軒並み営業利益を減らしてしまっています。
特にアダストリアとしまむらが大幅に営業利益を減少させています。両社の有価証券報告書を確認したところ、やはり人件費と建物の賃借料が大幅に増加していました。特にアダストリアは3年前に比べると売上が増加しているにも関わらず、営業利益が大幅に減少しているのを見ると、店舗と従業員への投資がアパレル企業にとって非常に大きいのだということがよくわかります。
このように、アパレル企業は店舗と従業員に投資をして成長せざるを得ない以上、投資額以上の売上の増加が至上命題になってきます。
国内企業で売上を1000億円以上伸ばしている2社とは
もちろん、停滞する企業ばかりではありません。店舗販売が中心である企業において、3年間で売上を1000億円以上伸ばしているアパレル系の企業が2社あります。
皆さんもご存知の企業、ファーストリテイリングと良品計画です。

(単位=100万円)
この両社は各社が停滞する中で売上を1000億円以上伸ばしています。各社が停滞している中、これらの企業が成長している理由は一体どこにあるのでしょうか。当然その理由は複合的なものですが、その理由の一つに店舗の出店戦略があります。
良品計画とファーストリテイリングの両社は、当然店舗数は3年前から増加しているのですが、その増加の内容がかなり共通しているのです。

良品計画とファーストリテイリングの両社の出店店舗の状況を見てみると、国内の店舗数は変わらず、代わりに海外店舗が増加していっています。ファーストリテイリングは3年前に比べて海外ユニクロの店舗を400店舗以上増やしています。明確に海外ユニクロを成長のドライバとしているのがわかります。この海外店舗の出店数の増加に比例するように、両社は大きな売上を手にしています。
その結果、先ほどの売上の成長とは異なり、両社は売上と共に営業利益が増加するというサイクルに入っています。

(単位=1000万円)
このような成長は非常に健全です。出店に比例するように売上が増加していますので、その分営業利益も増えていくという理想的な状況を迎えることができます。
国内で劇的に売上を伸ばすことは厳しい
では、なぜファーストリテイリングと良品計画は国内ではなく海外に店舗を増やしていっているのでしょうか。ここで、少しアパレル企業を取り巻く環境を確認しておきましょう。マクロ的な視点からアパレル企業を取り巻く環境を見ていると、国内は非常に厳しいといえます。
上図はバロックジャパンの中長期経営計画の抜粋ですが、国内のアパレル供給量に比べて市場規模は減少し、さらに少子高齢化の影響から今後需要が増加していくとは考えにくい状況になっていることがわかります。
このような状況下では、例えばユニクロのエアリズム、メガネ業界のJINSのJINS PCのように市場を創造していくしかありませんが、イノベーションは簡単には起こらないもの。当然各社新しいものを模索しているでしょうが、大きなインパクトを残せる企業は数えるほどなのではないでしょうか。
一方、世界のアパレル市場を見てみると、市場は拡大していっているというデータがあります。
詳しく見ていくと、欧米では服余りの状況になりつつあるものの、アジア圏の市場が今後さらに広がっていくと見られているようです。このような市場環境から、先ほどの良品計画とファーストリテイリングはアジアに向けて店舗の出店を増加させているという状況です。
当然、海外は文化も違えば趣味嗜好や思想も異なりますので、単純に海外に店舗を出せば売れるというものではありません。そういう意味では非常にリスクが高いのですが、その分成功すればハイリターンも期待できるというのが今のアパレル業界の現状なのではないでしょうか。
最初比較した企業の中に、唯一海外進出に積極的な企業
さて、国内アパレル企業は出店攻勢をかけているにも関わらず売上が伸び悩んでいる所が多い事、良品計画とファーストリテイリングは海外進出に積極的である事、その背景には国内と海外のアパレルの市場がある事を確認してきました。このような状況の中で、実は最初に登場した企業の中に一社、海外の出店に積極的な企業があります。それがバロックジャパンです。

https://www.baroque-global.com/jp/corporate
バロックジャパンリミテッドは複数のブランドを運営しています。有名な所で言うとMOUSSYやSLYなどでしょうか。
また、この企業のハイエンドブランドの一つであるENFÖLDなどは「質やデザインに比べて値段が非常に安い」と話題になるブランドです。
https://www.enfold.jp/layout/ENF/enfold/lookbook/2019_spring_summer/
この企業の店舗の出店は増加傾向にありましたが、その中身は海外店舗の増加です。
上記のように、バロックジャパンは海外への進出を強めています。ただ、現在は残念ながら売上が爆発的に成長しているという訳ではありませんし、むしろ今期は国内の立て直しや、中国で合弁事業を行っていた企業の大株主に変化があった影響からか、今期の売上は減少してしまっています。

(単位=100万円)
しかし、このバロックジャパンはファーストリテイリングや良品計画と同様、事業形態がSPAであるという強みがあります。SPAは企画から製造、販売までを一つの企業が一貫して行うもの。このSPAはコスト削減を行うことができ、いい物を安く提供できるというメリットが強調されていますが、ファーストリテイリングの柳井社長はSPAをこう表現しています。「SPAでは、圧倒的な『売れ筋商品』を発見するまで何度でも何度でもその(商品企画から販売までの)サイクルを自社で回せる。つまり、実験=試行錯誤できることこそが、SPAの本当の強みであろう」(引用元:柳井正『成功は一日で捨て去れ』新潮文庫、2012年)。
このSPAの強みは、海外において商品を展開するときに大きな強みになります。現在アパレル企業を取り巻く環境は、RFIDなどにより精緻な在庫データ管理ができる状態となっています。つまり、何が売れて、何が売れないのかというデータを有効活用できる状態です。このような状態において、売れ筋商品が見つかるまで何度も試行錯誤を重ねることができるSPA方式の事業形態を持ち、デザインも非常に面白くクオリティも高いバロックジャパンは、今後海外で発展できる可能性を秘めているように思います。
実際に、バロックジャパンは今後の成長機会を海外に求めており、MOUSSYとENFÖLDを中心に展開を加速させていく!と中長期経営計画で発表しています。海外進出はリスクがありますが、バロックジャパンの持つ高いデザイン性、SPA業態のトライアンドエラーを繰り返せるという強みを活かすことができれば、今後バロックジャパンは大きく成長していけるかもしれません。
海外に成長の機会を求めるこのような企業が今後発展するのかは、非常に重要です。今後の結果を楽しみに待ちたいと思います。