ZOZOTOWNの「おまかせ定期便」はなぜ失敗したのか?米サービスと比較!

今回は、Stitch Fixという企業について見ていきましょう。アメリカの企業なのでご存じない方も多いでしょうが、恐らくZOZOTOWNが「おまかせ定期便」をローンチする際に参考にしたと思われる企業です。

https://www.Stitch Fix.com/

洋服の提案型ビジネスと言っていいであろう「おまかせ定期便」やStitch Fix。ZOZOはおまかせ定期便から1年たたずに撤退しましたが、このようなビジネスは儲からないものなのでしょうか? 今回は、Stitch Fixの財務諸表を中心に、洋服の提案型ビジネスの内部について見ていきたいと思います。

ZOZOのおまかせ定期便はStitch Fixのビジネスモデルにそっくり

本題に入る前にStitch Fixとおまかせ定期便のビジネスモデルがどれだけ似ているのか少し確認してみましょう。Stitch Fixのビジネスモデルは、「体型や好みに関するプロフィールを登録」「配達を待つ」「気に入るもののみ置いておき、他は返品」という3つのステップに分かれます。

https://www.Stitch Fix.com/

これが、ZOZOのおまかせ定期便と全く一緒です。

https://zozo.jp/teikibin/

体型や好みを入力します。

https://zozo.jp/teikibin/

商品が届くのを待って……。

https://zozo.jp/teikibin/

気に入らなかったものは返品します。ちなみに、スタイリングブックを付ける部分まで同じです。

https://bit.ly/2W3Pddi

さらには、返品無料な部分まで全く同じです。Stitch Fixとおまかせ定期便がどれだけ似ているのかよく分かるかと思います。しかも、ZOZOには「ZOZOSUIT」があり、ネットでの買い物時において最高の顧客データを持った上でのスタートでした。異なるのは最初の値段設定。

Stitch Fixは最初の洋服の発送の時点で20$(日本円で約2200円)が必要になりますが、商品を一つでも購入するとその20$は購入金額から割り引かれます。一方、ZOZOは通常の発送と同じく、200円の送料がかかります。ZOZOの割引はありません。

このように、一見しただけでは、最初に支払う金額しか違いがありません。この両社は具体的にどこに違いがあったのでしょうか。それを見ていく為に、Stitch Fixの財務諸表からどのようなビジネスを行っているのか見てみたいと思います。

Stitch Fixのビジネスモデルは意外とコストがかかる

https://bit.ly/2HwmNiU

まずStitch Fixの簡単な動きをもう一度ご覧ください。左上の「データ入力」から始まり、右上の「AIによるマッチング」が行われ、右下の「マッチングされたものの中からスタイリストが商品をチョイス」し、左下の顧客が試着し、気に入ったものをキープし、返品時にフィードバックをつけて返品することによって、また左上の「データ入力」がより精緻化していく……という流れが出来上がります。

Stitch Fixは提案型の商品販売ですので、「提案した商品が顧客に気に入って購入してくれるかどうか」が重要になります。この精度を高めるために、Stitch Fixは「AIを利用し」、「スタイリストが商品をセレクトし」、「返品時にフィードバックを貰う」仕組みを構築しています。

しかし一方、この仕組みすべてに多額のコストが掛かる事もまた事実です。AIを利用するためにはまず大規模な投資が必要です。そして、そのデータをより洗練する為のデータサイエンティストも必要。そしてスタイリストも必要ですし、返品時の送料が無料であるため送料もかかりますし、梱包費用も掛かります。

また、Stitch Fixはクレジットカードのみのサービス提供ですので、支払手数料もかかってしまいます。データサイエンティストは現在100名、そしてスタイリストは3700人以上在籍しています。この人件費は決して軽いものではありません。

こうやって考えると、「顧客が気に入るものを提案する」というStitch Fixの最も重要な部分を推し進めるためには、比較的多額の費用が必要となってくるビジネスであることは間違いありません。では、Stitch Fixは利益を出すことができているのでしょうか?Stitch Fixの財務諸表を確認してみましょう。

前期末の損益の構造はこのようになっています。売上原価が全体の56%、販管費が42%で、営業利益は3%程度しか残っていません。意外だったのは、ZOZOなどのECサイトと比べて売上原価がかなり高いこと。

ZOZOは販売店と顧客をつなげるプラットフォームの役割を果たしますが、自社で在庫をもって販売することはありません。プラットフォームで販売した商品の代金の一部を手数料として徴収するため、売上原価自体は低くなる傾向にあります。

このように、ZOZOの損益構造と見比べると、一見して大きな違いがあるとわかります。そもそも、Stitch Fixはプラットフォーム事業ではない別の業態であると言えそうです。Stitch Fixの業態を詳しく知るために、売上や売上原価について、もう少し詳しく見てみましょう。

Stitch Fixの売上高を確認すると、毎年物凄い成長を続け、近年では売上は1400億円近くにまで成長しています。

そして、それに比例して売上原価が増加していっています。

この売上原価が売上と比例して上昇しているのは、商品を仕入れて販売しているから。このことから、Stitch Fixは自社で商品を仕入れて、仕入れた商品を顧客に提供していることが分かります。売上原価には商品代金だけでなく、顧客への運送料、関税、支払手数料や梱包費などの費用も計上されています。

ちなみに、商品を仕入れるのか?それともプラットフォームとして販売するのか?の選択は、当然両方にメリットデメリットがあります。まず仕入れる側ですが、単純にプラットフォームとして販売するのに比べて、利益率は高くなりますが、売れなかった場合は現金に換えられないという在庫リスクが発生します。

一方プラットフォームは、利益率は低くなる(ZOZOでも販売高の30%程度が売上に)のですが、在庫を抱えなくていいので、在庫が捌けないというリスクが少なく、しかも拡大に従って商品を確保しなければいけないということもなくなります。Stitch Fixは商品を仕入れる方を選択したようです。

実際、データサイエンティストやスタイリストなどの人件費を抱えるビジネスであれば、在庫コストを伴っても利益率が高いビジネスを選択する必要があったのかもしれません。

筆者がStitch Fixがすごいなと感じたのは、この仕入のデメリットとして挙げられる「在庫リスクが付きまとう」という問題についてしっかりと対策を取っていることです。それを示す一つのデータとして、棚卸資産回転日数を見てみましょう。

棚卸資産回転日数は、「現在の商品が何日で売り切れるのか」を推定することができる指標です。棚卸資産を売上原価で割って、365日をかけて求めます。計算結果が以下になります。

これを見ると、2018年の決算期の棚卸資産回転日数は40日程度になっています。例えば、世界一のファストファッション企業であるInditexであっても87日なので、これはかなり驚異的な数字です。(7500近くの店舗を構えて87日で捌くInditexも大概すごいのですが……)

では、どのように効率的に在庫をさばいているのでしょう?その秘密はテクノロジーにあるようです。

Stitch Fixを支えているのはアルゴリズムである。

https://bit.ly/2LSlhwI

上記のイメージはStitch Fixのアルゴリズムを伝えるアニメーションですが、Stitch FixはAIを使ってどの服をどの顧客に勧めるかを自動化しています。その際に、今までのフィードバックや購入履歴を基に顧客と洋服の相性を測定し、顧客のニーズにマッチしそうな商品をピックします。

この中からスタイリストに顧客に合わせた洋服を選ばせることによって、高い商品回転率をキープすることができているのでしょう。

https://bit.ly/2WMtpQo

また、Stitch Fixのアルゴリズムは買い付け自体にも大きな影響を及ぼしており、需要予測に基づき適正な在庫量を調整する役割を担っています。商品の買い付け自体はバイヤーがいておりますが、その仕入れに際してはどのようなアイテムをどのように仕入れるかなどを、アルゴリズムが導いてくれるようです。

商品仕入れに伴うリスクを、テクノロジーを用いて上手に相殺するStitch Fixのやり方は、販売方法のメリットを最大化させ、デメリットを打ち消す方法として非常に面白いと思います。もう一つ費用の大きな部分として販管費があります。

こちらは開示されていないため詳細な分析はできませんでしたが、売上の約40%を占める販管費の内、約8%が広告費となっている事から、人件費の割合が大きいのではないかと予想されます。いずれにしても、Stitch Fixのビジネスモデルは仕入れによるリスクテイクと、高額な人件費が必要であるように思います。

これを支えているのは、AIとスタイリストの合わせ技による商品の提案力と、それに伴う棚卸資産回転日数の短さにあると言えるのではないでしょうか。では、そのStitch Fixの販売力を支えるような仕掛けはどこにあるのでしょうか。私自身は、大きく分けて3つのファクターがあるように思いました。

Stitch Fixの棚卸回転日数を短くさせていると思われる3つのファクター

まず、Stitch Fixでは顧客が明確である点です。顧客の定義は、「忙しいプロフェッショナルのビジネスマン、ビジネスウーマン」です。これらの方々は多忙ですし、サービスの大元であるアメリカの国土は広大である為、服を買いに行く時間を取りづらいでしょう。

このような方に、AIの力を使って似合う服を選択し、更にスタイリストのコーディネートによって身だしなみを整えるサービスを提供するのは、需要に対して供給がしっかりマッチしているのではないでしょうか。次に、データサイエンティストの力の入れ具合。Stitch Fixの一番のウリは、顧客に合った洋服をAIとスタイリストが選んでくれるところにあります。

https://bit.ly/2VKaSrE

一例として挙げられているデータがこちら。年齢、居住地、身体的特徴、シルエットの嗜好性、普段の服装といった顧客データから、購入された商品のブランドや色、値段はもちろん身幅やパターンまで学習されています。

そして返品の際に送付されるフィードバックデータを基に更に顧客の学習が進んでいきます。更に、顧客の嗜好性を理解する為の一手として、「Stitch Shuffle」というゲームを提供しています。

https://bit.ly/2VKaWHU

これは、画面上に表示される洋服に対して、直観的に好きか嫌いかを選択し、顧客の好みを深く理解する為にStitch Fixがだしたサービスです。このように、様々な形で、Stitch Fixは顧客の生きた情報を収集しています。

https://bit.ly/2VKaSrE

そして、スタイリストが新たな洋服をピックする際にもこれらのデータは利用されます。この画像はデータ分析の一例。左側の顧客の情報と、右側の洋服のデータを合わせれば、この顧客がこの商品を購入する確率は63%であると推計されています。

ちなみに、このようなデータはスタイリストと顧客をマッチングする際にも利用されています。スタイリストはデータだけでは拾えない顧客のニーズを更に満たすために必要な存在。そのスタイリストと顧客の相性の良さをデータから推計しているようです。

これはStitch Fixの販売力を支えていると言っていいのではないでしょうか。最後に、スタイリング費用として20$を先に支払わせる方法です。ここも非常に重要な要素です。Stitch Fixは、最初に「スタイリング費用」としてスタイリストが洋服をピックした段階で20$を顧客から受け取ります。

そして、顧客は一品でも商品を購入するとそのスタイリング費用分だけ購入費用から割引されるのです。これは単純に、「なんか気に入らないから全部返品しよう」というのではなく、「悪くないし、スタイリング費用が戻ってくるから1品だけでも購入しよう」という購買欲求を促進します。(ちなみに、送られてきた商品をすべて購入すると25%オフになるそうです。)

何となく自分の好みではなかったと言っても、それを着て外に出ると周りの人がほめてくれるかもしれません。すると顧客体験はより良いものとなり、Stitch Fixの利用率は高くなっていく事でしょう。

このように、スタイリング費用として20$を先に支払ってもらう方法は、顧客の「とりあえず使ってみる」を促進するための一つの大きな手法だと言えるのではないでしょうか。以上、Stitch Fixの販売力を支える3つのファクターでした。

販売方法の選択から、その戦略のデメリットを消すためのデータやスタイリストの利用方法。価格設定に至るまで非常に面白い企業だと思いました。

ZOZOはこれらをマネできるのか?

では、ZOZOは上記のような取り組みをマネすればよかったのでしょうか? 筆者は、それは難しいのではないかと思います。ZOZOは基本的な仕組みをマネすることはできても、このような中身まで同じような手法を取ろうとすると、AIやデータサイエンス、スタイリストの人件費、はては返品の為の送料まで考慮すると、大きな費用構造の変動を起こしてしまうように思います。

また、それを行う程ZOZOにうまみが無い理由として、ZOZOの顧客層があげられます。ZOZOの利用者の中心は「30代前半の都会在住の女性」です。ZOZOを以前から利用するような顧客は、そもそも服を購入したり、比較検討したくてZOZOに登録しています。

このような顧客に対しては「今までの自分の感性とは違うものを選んでみてもらいたい」というようなニーズは想定されますが、「忙しくて自分の服を身に行く時間はないけど身だしなみを整えたい!」というニーズは少ないように思います。日本の都会は狭く、仕事終わりにショップに行く事も可能です。

そして何よりZOZOの顧客は、ZOZOでの購入までの過程を楽しんでいる事が想像されます。そう考えると、ZOZOのもともとの顧客のニーズと、おまかせ定期便が提供するサービスにズレがあったのかもしれません。継続的に利用される程のサービスに持っていく事は難しいでしょう。

また、新しい層を開拓しようとすればもっとリソースを投入しなければならない為、人件費などが増大し、ZOZOの費用構造に変化が生じてしまうリスクが出てきます。しかし、そこまでやってもStitch Fixのように営業利益は数%なので、ZOZOにとってはあまり旨味のない話になってしまいます。

このような理由から、Stitch FixのサービスをZOZOが完全にマネするのは難しかったのではないでしょうか。以上、Stitch Fixから見る洋服の提案型ビジネスの内情、そしてZOZOのおまかせ定期便についてでした。皆様はどう思われたでしょうか。気になる方は一度Stitch Fixの財務諸表を覗いていただければと思います。

やなぎば

この記事を書いた人

やなぎば

身長168cm 体重63kg 靴26.0cm

「オシャレわかんねぇよ!」と叫んでいた所MB理論と出会いオシャレさんを目指し中。友人の「オシャレになったねー!」の一言が今の原動力です。