【企業分析】ハイブランドの雄「エルメス」の企業体質を徹底研究

今回は、ハイブランドの雄、エルメスについて分析していきましょう。エルメスは誰もが知るハイエンドブランドであり、また、職人的なモノ作りを目指している事でも有名です。そして、会計的にその企業の中身を見てみると超優良企業となっています。

例えば、損益構造を覗いてみると税引き後の利益率は20%を超えており、小売の常識からはあり得ないほど高利益率体質です。

また、資産状況を見てみると、総資産の約半分が現金及び現金同等物と、大変なキャッシュリッチ企業です。では、そのような企業の経営は一体どのようなものなのでしょうか。今回は、ハイブランドの雄として君臨する、エルメスを見ていきたいと思います。

ハイブランドとファストファッションの企業戦略の違いを確認

当然ながら、同じ洋服やアクセサリーを売ると言っても、エルメスのようなハイブランドとZARAのようなファストファッションではそもそも戦略が異なります。エルメスはすべてが超一流。素材のチョイスから職人が手作りする製造手法。そして原則的に値下げをせずに販売する販売手法は、ハイブランドの中でも更に異色の存在なのではないでしょうか。


http://www.maisonhermes.jp/feature/727030/

一方、現在世界一のファストファッションブランドとなっているZARAを運営するInditexは、素材の質は高くないものの、高感度なデザインの新作を数多く制作し、店頭であっという間に捌き切るスタイルを取っています。特徴的なのは何と言ってもそのスピード感。企画から商品として店頭に並ぶまでになんと3週間しかかかりません。


https://www.inditex.com/en/how-we-do-business/our-model/design

このような両社の立ち位置が異なるのはお分かりになるかと思います。そしてこの違いは、会計指標であるROAという指標で認識できます。

ROAとは、上図のように利益率を総資本回転率でかけたものなります。総資本回転率とは、企業の持っている資産全て使って、どれだけの売上を上げたかを測る指標です。この回転率が例えば1であれば、持つ資産と全く同額の売上を上げている事になります。

なぜこのROAが戦略の違いを測る指標になり得るかと言うと、ハイブランドとファストファッションブランドでは、どちらが強いかが綺麗に分かれるからです。

つまり、目標とするROAが同じであっても、両社が力を入れる部分は違うということになります。ファストファッションは値段が低いので商品を素早く売り切らなければなりません。そのため、INDITEXでは鮮度が高い商品を購入してもらおうと、企画から店頭に商品が並ぶリードタイムを極力短くし、世界中にある店舗に素早く商品を送付して売り切ります。これは商品の高回転化を狙うための戦略と言えるでしょう。

一方、ハイブランドはそのような戦略は基本的には取りません。一品一品の単価が高いので、その分の満足を顧客が感じてくれるような戦略を取ります。例えばエルメスの場合、国立美術館などとコラボして顧客参加型の展覧会を開催したりしています。ここから読み取れるエルメスのメッセージは、「エルメスの商品は美術品と何ら変わらない」というようなものなのかもしれません。エルメスは、このような取り組みを財務上「コミュニケーション」と分類して費用を計上しているほど注力しています。

このような戦略の違いはROAの上記のような関係性によっても説明されます。ハイブランドは、(A)を高める戦略が有効に機能します。一方、高価格であるため商品の販売数は少なくなるという構造的な問題があるため、(B)を上昇させる戦略を行いすぎる(例えば、欲しい人が大勢いるから工業化して大量生産する等)と、ブランド価値を毀損する結果にもなり得ます。

一方、ファストファッションは基本的に店舗を多店舗展開し、多くの商品を捌くため、成功しているファストファッションは、(B)は強くなる傾向にあります。一方、利益率を高めようと値上げなどをすると、とたんに売れなくなってしまうという可能性が高いのです。このように、両者は基本的にトレードオフの関係にあることが分かります。

実際に両者のROAを計算してみると、エルメスは(A)利益率が24%と非常に高く、Inditexは(B)総資本回転率が高くなっている事がお分かりいただけるかと思います。このようにハイブランドとファストファッションブランドは両者の戦略上の違いから強みになる数字が異なってくるのです。

エルメスの場合は(A)利益率を高めることが非常に重要になってきます。では、エルメスの利益率が高いポイントはどこなのか。そして利益率を高める源泉はどこにあるのか。検討していきたいと思います。

ハイブランドの利益率の高さの源泉は粗利率の高さにあり

まず、ハイブランドの利益率がなぜ高くなるのかという結論から申し上げると、ハイブランドは、商品を販売した時に得られる利益である「粗利率」が非常に大きくなるからです。

Inditexと比較すると、エルメスの粗利率は圧倒的に高い。Inditexも大量仕入れなどによって非常に安価に仕入が行われているため、売上原価は通常のアパレルブランドより抑えられていると思いますが、それでもエルメスには遠く及びません。

このように、ハイブランドの粗利率の高さはコスト最適化などとは別のロジックで設定されていることが分かります。これはエルメスに限った話ではなく、基本的にハイブランドは粗利率が非常に高くなる傾向にあります。恐らく、今までの歴史や技術、未来のメンテナンスのための技術維持、そして顧客の尊厳のためにプレミアムが設定されているのでしょう。

エルメス、バーバリー、タペストリー(元はコーチというブランドそのままの企業でしたが、ケイトスペードを買収して企業名を変更しました)等の独立系ハイブランド3社の粗利率を計算すると、70%、69%、66%と非常に高い粗利率が並びます。

しかし、エルメスはこうした粗利率が高い独立系のハイブランドの中でも、売上規模が高いにも関わらず最も高い粗利率を確保している事が非常に印象的です

(1€=126円、1$=112円で日本円換算。単位は百万円)

ハイブランドの市場はファストファッションに比べると大きくはありません。実は単体のブランドでは成長が頭打ちの企業も多い。そのようなハイブランドは、売上を伸ばすための選択として、ブランドの買収を選択することが多くなります。しかし、買収は粗利率が低くなる事も多いため、全体での利益率は減少しがちです。タペストリーも、コーチ自体の粗利率は70%近いですが、買収したケイトスペードなどは55.4%程度で、買収が粗利率を下げる原因にもなっています。

エルメスは、このようなハイブランドの状況下においても売上高が成長し続け、かつ粗利率を確保し続けることができる非常に稀有な企業です。そのような意味で、エルメスは財務面からも、ハイブランドの中でも頭一つ抜けている企業ということができると思います。

エルメスブランドの源泉は「製品のクオリティの高さ」と「ブランディングの方法」にあるのではないか

ではエルメスの粗利率を高めている源泉は一体どこにあるのでしょうか。まず間違いないのは、製品の圧倒的なクオリティの高さ、そしてユニークなブランディングの方法でしょう。


http://www.maisonhermes.jp/feature/923711/

例えばエルメスの代表的な商品であるレザーアイテムの素材は、フランス国内最高のタンナーの生産するレザーの中でも、更に上位数パーセントのレザーだそうです。そのような最高級の素材を熟練の職人が丁寧に作り上げるレザー製品は、店舗に行って見てみるとやはり非常に美しい。いつまでも見つめていたくなるような美しさと高級感があります。

そのような製品を作ることができるのは、やはりエルメスが職人的な考え方を非常に重要視しているということが要因に挙げられると思います。そのことが分かる特徴的な指標が2つあります。「雇用割合の製造部門の高さ」と、「生産設備の殆どを自社保有していること」です。

雇用割合の生産部門の高さ

エルメスは雇用している従業員の就労割合を開示しています。

これを見ると、エルメスの業務に従事している人の割合が最も大きいのは製造部門。全従業員の半分近くが製造に携わっている事がよく分かります。この割合の大きさは、INDITEXの就労割合と比較すると非常に好対照に映ります。

INDITEXは店舗、つまりZARAなどの店舗で働く人の割合が87%。製造やロジスティクスなどの業務に従事している人の割合は全体の6%に留まります。エルメスは製品の製造に人員を割いており、INDITEXは商品を販売する方に人員を割いている。

エルメスは「品質の高さが最も重要な優先事項の一つである」と述べていますが、この考え方が雇用人数の割合を見ても非常に明確に出ているように思います。


https://www.straitstimes.com/lifestyle/fashion/hermes-commitment-to-craftsmanship-keeps-business-growing

上記リンクの記事によると、19世紀から使用されてきている手法を利用して鞄を作るにはいまだに約15時間もかかるそうですし、職人を雇用して行われる研修は約2年かかり、その研修にはエルメスの熟練した職人が当たるそうです。この事からも分かる通り、エルメスは製品を作成する際にコスト最適化のような戦略を選択せず、ただただ良いモノ作りをすることに集中しています。雇用割合の製造部門の割合の大きさは、エルメスの企業文化を表す一つの象徴的な数値であるように思います。

生産設備の殆どを自社で保有している

また、エルメスは生産設備の殆どを自社で保有している点もエルメスのモノづくりへのこだわりが垣間見られます。エルメスのアニュアルレポートを確認すると、エルメスの生産設備について記載があります。そしてこれによると、エルメスの生産設備はフランスを中心に54箇所存在しますが、その内の47箇所を自社で所有しています。そして、その生産設備の中には、フランス最高のタンナーと言われる「タンリー・ドュ・プイ」の名前もあります。


https://finance.hermes.com/var/finances/storage/original/application/5b71e7b85cd7ac595983bcb6981902a5.pdf

このドュプイの革の質感は極上だと言われ、他タンナーの数倍の時間をかけて鞣しが行われる分、数倍もの値段がするものだそうです。


https://www.tanneriesdupuy.com/en/our-fairs/

エルメスはこのタンナーを、2015年にエルメスグループのノウハウの確保と、革の安定供給のために買収しました。この様に、エルメスは「より良い製品をつくるため」の材料や職人の確保を目的とした買収を行うことがあり、結果として生産設備の殆どを自社で保有している状態になっています。そして、この行動がエルメスの価値を更に高め、より強固なブランドになっているように思います。

エルメスのブランディングは他のハイブランドと毛色が違う

ただ、最高の職人が最高の商品を手掛けると、商品が売れるかと言うとそれだけでは足りないでしょう。当然ブランディングが非常に重要になってきます。アニュアルレポートを眺めていると、エルメスはそのブランディング方法もユニークです。ハイブランドは、利益率を高めるという戦略上、他の業態よりブランディングの費用が大きくなる傾向にあります。

例えばハイブランドの代表格ともいえるLVMH。LVMHはルイヴィトンなどが母体となる世界最大のハイブランドのコングロマリットで、多くのハイブランドを買収してビジネス的な成功をおさめています。そのLVMHはロゴをあしらったバッグを製造したり、セレブをキャンペーンに起用したりというブランド戦略を利用したこともあるようです。


https://fashionsnap-res.cloudinary.com/image/upload/q_auto,w_640/media/lv_angelinajolie.jpg

(2011年のルイヴィトンの広告キャンペーン。アンジェリーナジョリーが起用されています。)

一方、エルメスはこのようなセレブを起用する事によるブランディングは行いません。


https://finance.hermes.com/var/finances/storage/original/application/a8d1bb9c26fecd257938b576c2274d4d.pdf

エルメスのマーケティング費用の中には上図のように「コミュニケーション」と記載されるものがあるのですが、その内容を見てみると、上海で行われた「fast forward」というファッションショー、東京の国立新美術館で行われた「彼女と。」という体験型展覧会、エルメスのスカーフを用いたポップアップイベントである「Hermès Carrè Club」、日本でも開催されたことのある「エルメスの手しごと展」など、その多くがエルメスの商品や、職人の仕事ぶりを体験することができるものとなっています。


https://www.fashion-press.net/news/40387

(「彼女と。」は、映画の撮影スタジオに迷い込むという“体験型”の展覧会)

先ほどのLVMHとはかなり違ったブランディングを行っている事が見てとれます。エルメスは自らを「land of hands(職人の王国)」と表現するように、明らかに職人的な部分に誇りを持っています。そして、そのようなストーリーを語るための方法として、このようなブランディングの戦略を取っているのではないかと推察されます。

最高の職人を数多くそろえ、最高の素材を用意し、長い歴史によるノウハウをもって、最高のモノづくりを行う。そしてそのモノの価値、本質的な部分を顧客に伝えるために行われるブランディングは、エルメスを手に入れた顧客の満足感を最大限に高めてくれるのではないかと思います。

このようにして見てみると、まさにエルメスは「高利益率化をどのように行うのか」という、ハイブランドの戦略を体現しているように思われますね。企業の方向性と戦略が非常にマッチしているように見えるエルメス。高利益率の裏には、製品への深いこだわりがありました。皆さんも、一度手に取ってご覧になってみてください。

やなぎば

この記事を書いた人

やなぎば

身長168cm 体重63kg 靴26.0cm

「オシャレわかんねぇよ!」と叫んでいた所MB理論と出会いオシャレさんを目指し中。友人の「オシャレになったねー!」の一言が今の原動力です。